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東京地方裁判所 平成5年(ワ)3861号 判決

原告

株式会社中村屋不動産

右代表者代表取締役

加藤富保

右訴訟代理人弁護士

秋山泰雄

右訴訟復代理人弁護士

上出勝

被告

小島正雄

香取信子

小田文子

斎藤友子

香取健治

渋谷寅次

土田利三郎

小島正己

久保井榮二

右九名訴訟代理人弁護士

浅香寛

安部陽一郎

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告と被告らとの間で、原告が自動車を別紙第一物件目録一ないし三記載の各土地に駐停車させ、右各土地から公道に至ることを目的として別紙「私道部分現況平面図」記載の道路上を通行させる権利を有することを確認する。

二  被告らは、原告が自動車を別紙第一物件目録一ないし三記載の各土地に駐停車させ、右各土地から公道に至ることを目的として別紙「私道部分現況平面図」記載の道路上を通行させることを妨害してはならない。

三  被告らは、各自、原告に対し、金九〇〇万円及び各被告に訴状が送達された日の翌日から支払い済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、私道に面した土地を購入した原告が、同土地上に駐車スペース付きの住宅を建設し、これを売却しようとしたところ、被告らが私道上を自動車が通行することに反対したため、原告が、被告らに対し、右私道を自動車により通行する権利の確認とこれに対する妨害行為の排除等を求めた事案であり、争点は、原告が本件私道を自動車により通行する権利を有するかどうかである。

二  前提となる事実(証拠を摘示しない事実は当事者間に争いがない。)

1  原告は、不動産の売買、建物の建築・分譲等を目的とする株式会社である(証人高橋輝行)。

2  原告は、平成三年一月二九日、分筆前の別紙第一物件目録一ないし四記載の各土地(以下「本件土地一ないし四」という。)を前所有者である小林みちよから買い受け、これを本件土地一ないし四に分割して、本件土地一の上に別紙第二物件目録一記載の建物(以下「本件建物一」という。)を、本件土地二の上に別紙第二物件目録二記載の建物(以下「本件建物二」という。)を、本件土地三の上に別紙第二物件目録三記載の建物(以下「本件建物三」という。)をそれぞれ建築して所有し、本件土地一ないし三の土地の一部に駐車スペースを設け、駐車スペース付き住宅として第三者に売却することを予定している。

3  被告小島正雄は、別紙第三物件目録一及び二記載の各土地を所有し、右一の土地上に同目録九記載の建物及び同目録八記載の土地上に同目録一〇及び一一記載の各建物を所有している。

被告香取信子、同小田文子及び同斎藤友子らは、同目録三記載の土地を共有し、同香取信子は、同土地上に同目録一二記載の建物を所有している。

被告香取健治は、同目録四記載の土地を所有し、同土地上に同目録一三記載の建物を所有している。

被告渋谷寅治は、同目録五及び六記載の各土地を所有し、同目録五記載の土地上に同目録一四記載の建物を所有している。

被告土田利三郎は、同目録七記載の土地上に同目録一五記載の建物を所有している。

被告小島正己は、同目録二記載の土地上に同目録一六記載の建物を所有している。

被告久保井榮二は、同目録八記載の土地を所有している。

4  別紙私道部分現況平面図(以下「本件平面図」という。)記載の道路(以下「本件私道」という。)は、別紙私道部分現況平面図(説明図)(以下「本件説明図」という。)記載のとおり、原告及び被告土田利三郎を除くその余の被告ら並びに飯野茂子ほか六名がその所有又は共有する土地の一部又は全部を提供して設置されている道路であり、原告及び被告らの所有土地との位置関係は、本件説明図のとおりである。

5  本件私道は、建築基準法四二条二項の規定により指定されている道路(いわゆる二項道路)であり、遅くとも昭和二五年一一月ころには開設されていた。現在、本件私道は舗装されていて、その両側には有蓋の排水溝も備えられており、被告のみならず一般の通行の用に供されている。

三  被告らの本案前の主張

1  原告は、本件私道を自分自身が利用する意図はないのであるから、通行権を有することの確認と妨害排除を求める請求は、訴えの利益を欠くものとして却下されるべきである。

四  本案前の主張に対する原告の答弁

原告は、本件各土地の所有権者であり、本件私道の自動車による通行権を主張する者であって、被告らはこれを争っているのであるから、原告には自動車による本件私道を通行する権利の確認とその妨害を排除することを求める利益がある。これは、原告が本件各土地を第三者に譲渡する予定であっても変わるものではない。

五  原告の主張

1  通行権ないし通行の自由(以下「通行権等」という。)の存在

(一) 本件私道は、これに面した各土地の所有者がそれぞれその所有地の一部を道路の敷地として提供し、相互に道路全体の通行権を取得したものであり、本件私道について次に述べる側溝設置工事や舗装工事が完成された昭和五六年ころまでに、本件私道敷地所有者間で、恒久的な道路として使用することの合意が成立したと認めるべきであるから、この合意は、本件私道敷地を承役地とし、本件私道の両側の土地を要役地とする明示の通行地役権設定の合意が成立していた。また、仮に明示の合意が認められなくても、少なくとも黙示の合意が存在したというべきである。

仮に、通行地役権の設定の合意が認められないとしても、原告の前主の小林みちよは、昭和五〇年ころから本件私道を通行することによって、右通行権を平穏かつ公然と行使してきたから、遅くとも一〇年を経過した昭和六〇年末には右通行地役権を時効取得したというべきであり、原告は、これを本件各土地とともに譲り受けたものである。

(二) 本件私道は、その両側の宅地が袋地であること、あるいはその後の土地分割によって袋地が生じたことなどにより、これらの宅地から公道に出るために道路を確保する必要性に基づいて開設されたものであり、原告所有の土地も袋地であるから、原告は、囲繞地通行権に基づき、本件私道を通行する権利を有する。

(三) 仮に、本件私道について通行地役権又は囲繞地通行権が認められないとしても、本件私道は、建築基準法四二条二項の規定により指定された道路(以下「二項道路」という。)であり、原告に自動車による通行を含めて本件私道を通行し得る反射的利益が生じているものであり、私法上保護されるべき通行の自由の利益又は人格権の一態様である通行の自由に対する侵害として、原告は、本件私道の通行の妨害に対して妨害排除請求権及び損害賠償請求権を有する。

2  通行権等の内容

(一) 本件私道の通行方法については、当初から何ら制限はなく、所有者間に使用方法を制限する何らの合意も成立していないから、原告の有する通行権等は自動車を通行させることを含むものであった。現に前所有者も本件私道上を自動車で通行し、本件土地に自動車を駐車させていた。一方的に通行地役権、囲繞地通行権の内容を変更することはできない。

(二) 今日、自動車による通行は日常不可欠な交通手段となっており、通行権等の内容に当然自動車による通行も含むものである。

(三) 本件私道は昭和五〇年に東京都私道排水設備助成規程に基づく助成金の交付を受けて側溝設置工事が行われ、また、昭和五六年一〇月一九日に東京都大田区私道整備助成条例に基づく助成を受けて舗装工事が行われたが、このように公的資金をもって助成された道路は常時一般交通の用に供されている道路であり、舗装の必要性からして、当然に自動車交通の用にも供される道路でなければならないはずである。

また、一旦自動車通行の用に供された道路について自動車の通行を制限することは、条例の趣旨、目的に反し許されない。道路敷地の所有者は、本件私道を継続的に常時一般交通の用に供する義務を東京都及び大田区に対して負っている。

(四) 被告らは、幅員の狭い本件私道を自動車が通行することが危険であると主張するが、その主張は単に抽象的一般的な危険性をいうにすぎず、本件私道を自動車が通行することにより生じる特別の具体的危険性をいうものではないから、原告の通行権を否定ないし剥奪すべき理由とはならない。

なお、幅員を狭めているのは、被告らの妨害行為であり、あるいは、無余地駐車として道路交通法に違反するバイク、自転車の駐車である。また、本件私道の自動車による通行が予定されるのは、小型車三台にすぎない。しかも、道が狭いために低速度でしか走行できないからかえって危険性が低いものである。

自動車による通行は、時代的要請であるから、一般的な自動車の通行に伴う一般的な危険等は甘受しなければならない。

3  被告らの妨害行為

被告らは、本件私道を自動車が通行することに反対し、これを妨害するために本件私道上に梯子や踏石を設置したり(これらを設置することは、建築基準法の趣旨から許されないものである。)、電柱の移動を妨害し、また、原告が分譲を予定している本件建物の買い受け希望者に対する不当違法な言動、態度により、売買を妨害している。

4  原告の被った損害

原告は、被告らの妨害行為がなければ、建築当時の一般的な社会経済状況からして、完成後直ちに売却できたことが確実であったが、被告らの妨害行為により、今日に至るまで本件建物を売却することができず、月日の経過により売却価額は低下し続けている。その低下額は、本訴提起時までに本件建物一ないし三につき金三〇〇万円合計金九〇〇万円を下らないから、原告は同額の損害を被った。

五  被告らの主張

1  原告が通行地役権又は囲繞地通行権を有するとの主張は争う。本件私道は、関係土地所有者の合意に基づいて開設されたものではないから、通行地役権を論ずる余地はない。また、本件私道は、要役地の所有者である原告の前主の小林みちよが開設したものではないから、時効取得の前提を欠くものである。

2  仮に、原告に通行権等が認められるとしても、自動車が通行することによる危険が存在する場合には、自動車通行がその内容に含まれるものとはいえない。

本件私道は、広いところで2.7メートル。狭いところで2.2メートルしかなく、本件私道上には、踏石や電柱が存在し、そこでは幅員二メートルが欠ける部分も存する。また、日常的に自転車やバイクが駐輪駐車している。そのため、自動車の通行は、幅が1.7メートル以下の小型車で西側部分からようやく進入し、ぎりぎり通行ができる程度で、自転車などが駐輪している場合は交通ができない。自動車が通行することになると人の通行はもちろんのことバイクや自転車、ベビーカーも通行不可能となる。東端への通り抜けはできず、自動車を反転させるスペースもないから、進入した自動車はバックで本件私道から出て行かざるを得ない。本件私道の西端には公園があり、幼児、老齢者が頻繁に通行する道路となっており、ここを自動車が通行することは極めて危険である。

また、本件私道は、生活用道路として、主として徒歩又は二輪車による通行の用に供されていたものであり、自動車による通行が当然の内容となっているものではない。小林が、小型の自動車を通行させていたことはあったが、被告らは好意で自動車の通行を黙認していたにすぎない。現在は車庫を有する家は道路上に一軒もなく、原告を除く本件私道の所有者は、自動車を通行させない申し合わせをしている。

3  平成三年五月ころ、原告が本件建物に地下車庫を設置する工事をしていたので、被告らは、これを中止するように申し入れた。その結果、そのころ、原告と被告らとの間で、本件土地に駐車場ないし駐車スペースを設置しないこと及び本件私道について自動車を通行させないことの合意が成立した。

4  二項道路の道路境界線より道路側に突き出して駐車スペースを設けるのは違法である。

第三  当裁判所の判断

一  被告らの本案前の主張について

被告らは、原告は本件各土地を売却予定であるから、原告に、本件私道に対する通行権の確認と妨害排除を求める利益がないと主張するが、原告は、本件各土地の所有者であり、かつ、不動産業者として、本件各土地を、自動車により本件私道を通行する権利付きのものとして売却を予定しているのであるから、被告らが本件私道の自動車による通行権の有無を争っている以上、原告にはその通行権の確認と妨害排除を求める法律上の利益があるというべきである。

したがって、被告らの本案前の主張は理由がない。

二  本件私道の通行権等について

1  本件私道は、原告及び土田利三郎を除くその余の被告ら並びに飯野茂子ほか六名がその所有又は共有する土地の一部又は全部を提供して開設されている私道であり、その形状、位置関係は、別紙本件平面図及び本件説明図記載のとおりである。(前提事実4)

2  甲第二、第三、第四号証の一ないし四、第六、第八、第一〇、第一三号証、第一四号証の一ないし三、第一五号証の一ないし五、第一八号証の一ないし一五、第一九、第二二号証、被告小島正雄、同小島正己各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件私道の原形となっている通路は、その開設は古く、昭和一一年ころには既に存在し、周辺住民の通行の用に供されていたこと、この通路の敷地は、北村庄太郎及び久保井鉄五郎の各所有土地上に存していたこと、この通路と現在の本件私道とは、若干の形状、範囲の違いはあるものの、ほぼ同一性を保っていること、現在の第三物件目録八及び大田区北馬込二丁目六五番四二、四三に当たる土地は、昭和五九年六月に被告久保井榮二が相続により取得するまで、その被相続人である久保井鉄五郎が大正五年一月以来所有していたこと、被告香取健治は昭和二三年三月ころ現在の別紙第三物件目録三、四に当たる土地を、小林茂昭は同月ころ現在の同目録七及び本件土地一ないし四に当たる土地を、被告小島正雄は昭和二八年六月ころ現在の別紙第三物件目録一、二、六に当たる土地を、それぞれ、北村庄太郎の相続人の北村重雄から本件私道の一部敷地部分を含めて買い受けたものであること、本件私道周辺の土地について、昭和二八年ころに耕地整理が確定し、本件私道もそのころにはほぼ現在の形状となったこと、その後、本件私道周辺土地及び私道敷地については、分筆、合筆されるなどし、また、所有者が変わるなどして、現在前提事実2ないし4記載のとおりの所有状況になっていること、昭和五〇年ころ、本件私道の排水設備について、東京都下水道局私道排水設備助成規程に基づき助成が行われ、L型側溝が設置されたこと、昭和五六年ころ、東京都大田区私道整備助成条例により助成が行われ、本件私道の舗装工事が実施されたこと、この排水設備、舗装工事により現在の本件私道の形状が確定したことが認められる。

3  右認定事実及び前掲各証拠により認められる本件私道及び周辺土地の形状、位置、所有関係を総合し、かつ、現在まで本件私道(その原形を含む。)が、自動車による通行の問題(これについては後に検討する。)を除き、その敷地所有者から何らの異議が出されることなく一般の通行の用に供されてきたこと(この事実は当事者間に争いがない。)からすると、本件私道敷地の各所有者は、時代を越えて、それぞれ、付近住民の通行に利用されることを認識し、これを容認して、その私道敷地の各所有部分を提供していたものと認めることができる。

そうすると、昭和一一年ころには、本件私道の原形となった道路は、久保井鉄五郎及び北村庄太郎の所有に属していたものであるが、既に公路として存在し、通行の用に供されていたものであるから、右両者間では、明示の契約の存在は認められないものの、それぞれの所有土地を要役地とし、お互いの所有私道敷地部分を他方のための承役地としてその通行を許容する旨の地役権設定の合意が、暗黙のうちに成立していたものと推認することができ、また、その後、前認定のとおり、要役地及び承役地が分筆、合筆されるなどし、若干の形状の変化等があり、また、その所有者が変更されるなどしたが、その権利義務は新所有者に承継されたものであり、結局、本件私道の周辺土地所有者と本件私道の敷地所有者との間には、本件私道の形状が現状のように確定した昭和二八年ころには、相互に自己所有土地を要役地とし、本件私道敷地部分を承役地とする黙示の通行地役権(以下「本件通行地役権」という。)設定の合意が成立していたというべきである。

4  なお、原告所有の本件各土地は、本件私道の原形たる通路が昭和一一年ころには公路として存在しており、かつ、これを通行する地役権が認められるから、囲繞地通行権の問題は生じない。

三  本件通行地役権の内容について

1  そこで、本件通行地役権が自動車の通行を権利の内容として含むかどうか検討する。

通行地役権が明示的に設定された場合、その内容は設定契約によることになるが、本件のように、黙示的に通行地役権が設定された場合、その内容は、要役地と承役地たる道路との位置関係、当該道路の幅員その他の形状、利用者の利用態様、地域環境等の客観的な状況を基に、地役権を設定している当事者の合理的意思を推測して判断すべきである。

2  前提事実及び前記一で認定した事実並びに甲第一ないし第三号証、第五ないし第七号証、第一三ないし第一五号証(各枝番を含む。)、第二〇ないし第二三号証(枝番を含む。)、第二四号証、乙第一ないし第一〇号証(各枝番を含む。)、証人高橋輝行の証言、被告小島正雄、同小島正己各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件私道の原形となった通路は、昭和一一年ころには開設され、一般の通行の用に供されていたが、そのころは平坦な道ではなく、途中に段差があり、自転車やベビーカーも段差のところでは担いで通らなければならなかった。この段差は終戦の年まであったが、その後、取り払われ、平坦となった。昭和二三年ころから昭和二八年ころにかけて、本件私道周辺の土地が私道の敷地の一部とともに分譲され、本件私道も舗装はされていないものの現状とほぼ同じ形状となり、次いで、本件私道について、昭和五〇年ころにはL型側溝が、昭和五六年ころには舗装が、いずれも東京都又は同大田区の助成により、設置又は実施され、その結果、本件私道の形状が現在の姿に確定した。

(二) 本件私道は、本件私道に面して住宅を有する者ばかりでなく、周辺住民も通行に利用しているが、その通行方法は、専ら、徒歩、自転車、バイク等によるものであり、自動車の通行は、昭和四二年ころ、原告の買い受けた本件各土地の前所有者であった小林みちよの子である小林吉夫が、軽自動車を取得して自宅の庭に駐車し、本件私道を通行する以外は、ほとんどなかった。平成二年の暮れころ、本件私道の西側南に大田区により公園が設けられたことを契機に、被告らは、本件私道周囲には駐車場を造らず、車の出入りのないようにしようとの申し合わせを行った。ただし、その話合いには小林は近々土地を売ることになっていたので参加を求められなかった。現在、本件私道に面する住民で自動車により本件私道を通行しているものはいない。

(三) 原告は、本件各土地を小林みちよから購入するに当たり、小林吉夫が自動車を保有していたこともあって、当然本件私道を自動車が通行できるものと考えており、不動産業者として、本件各土地に本件各建物を建築して分譲する計画を立て、当初半地下の車庫を造る予定で建築確認申請をし、その旨の許可を得ていたが、平成三年四月車庫部分の建築に入った後に、被告小島正雄、同小島正己らから本件私道は自動車の通行ができないから車庫を潰すように申し入れがあったため、一旦地下車庫の築造を取りやめて建物を後退させ、前面に駐車スペースを設けることにした。同年八月ころに、原告において本件各建物を販売するため、駐車スペースあり、駐車可との趣旨の広告を出したところ、被告小島正雄らが、原告に対し、約束が違うと抗議をし、自動車の通行はさせないとの意向を重ねて示し、その後、何回か話し合いが持たれたが、物別れになっている。

(四) 本件私道は、別紙本件平面図記載のとおり、幅員が広いところで2.61メートル、狭いところで2.24メートルであるが、私道上に電柱、踏石等が多数設置されており、そのような場所では通行し得る私道幅は狭められていて、一番狭いところで1.64メートルとなっている。本件私道は、東西で公道に通じているが、東側部分は踏石等も多く、通路部分は全体的に事実上狭められていて、駐停車されているバイクや自転車も見られ、自動車の通行はかなり困難である。西側部分の出口付近の南側には公園があり、児童の遊び場等になっている。本件私道の中央部分には煎餅店を営む被告土田利三郎所有の建物が存在し、同被告はその一階屋根に煎餅を干すため、常時本件私道から屋根に立て掛けてはしごが置かれている。

3  以上の事実に基づき検討する。

(一) 本件私道の原形となる通路が開設されていた昭和一一年ころから終戦時ころまでは、自動車の利用が一般化されていないこともあり、また、段差があったという前認定の道路の形状からも、当該通路を自動車が通行することは予定されておらず、通行地役権には、自動車の通行はその内容に含まれていなかったものと考えられる。その後、昭和四二年ころまで、本件私道を自動車が通行することはほとんどなく、地役権設定当事者間では、なお、本件私道の幅員が狭いこともあって、地役権の内容として、自動車による通行が含まれるとの認識はなかったものと考えられる。

(二) ところで、今日自動車の利用が一般化し、人によっては自動車がその生活ないし事業活動の必需品となっていることは否定できない事実であり、地役権の内容として当事者の合理的意思を解釈判断するうえでも、そうした時代の趨勢ないし要請を十分に考慮に入れて行わなければならないことは当然であり、当初権利の内容に含まれていなかったものであっても、時代の変化、事情の変更により、暗黙のうちにこれを含める旨の合意が形成されたと認定される場合もあるというべきである。しかしながら、他方、自動車の利用が時代の要請であり、一部の個人にとって必需品となっていたとしても、なお、当該道路の形状、利用形態等に照らし、自動車の利用により他人に危険を及ぼしたり、多大の不自由を強いるような事態が生じる場合には、客観的に自動車による通行自体が相当でないと考えられ、したがって、当事者間においても、これを地役権の内容として含ましめる合意が形成されていたと認めることは困難となろう。

(三)  本件においては、前認定の本件私道の幅員、形状に照らし、かつ、前掲各証拠を総合すると、本件私道を現実に自動車が通行すると、車の大きさにもよる(道路運送車両法規上は、小型自動車が幅1.70メートル以下、軽自動車が幅1.40メートル以下となっている。)が、道路の横幅の大部分を占拠する形となり、道の両側にはほとんど余裕がなくなり(前記一番広いところでは、小型自動車で片側約四五センチメートルの余裕があるが、電柱等のある一番狭いところでは、軽自動車でも片側約一二センチメートルしか余裕がない。)、自転車や人とのすれ違いにも困難ないし不便をきたす場所が多く、人や自転車が自動車と接触する危険性も高いものと考えられる。また、本件私道上で自動車の回転はできず、前認定のとおり、東側への通り抜けが事実上困難であるから、進入して来た自動車は、西側にバックで戻らなければならず、自動車が二台以上出入りするとなると、これが競合したときには身動きが取れない状況に陥ることも予想される。

そうすると、本件私道を現実に自動車が走行した場合には、他の通行利用者にかなりの危険ないし多大の不自由を強いる事態が生じることが推測されるのであり、このような状況の下では、自動車により本件私道を通行することは客観的に見ても相当ではないというべきであるから、本件通行地役権設定当事者間において、本件通行地役権の内容に自動車の通行を含む旨の合意が形成されていたとは到底認めることができない。

(四) ただ、昭和四二年に小林吉夫が軽自動車を購入し、本件私道を通行するようになっていたことをどのように評価するかであるが、前認定の道路の状況、その利用形態からすると、その段階で、特段地役権の内容が変更された訳ではなく、小林吉夫の自動車も軽自動車であり(もっとも、後にいすずジェミニ一五〇〇CCの小型車となった。甲第一三、第二二号証)、同人だけの一台限りの利用で、回数もさほど多くなく、通行方法も同人の土地内で回転ができたこともあって、被告らは特に苦情を言うことなどはしなかったものであり、したがって、単に、その通行を黙認していたに過ぎないものというべきであるから、これをもって、昭和四二年以後、本件地役権の内容として、自動車による通行の権利が含まれるようになったということはできない。

4 以上によれば、本件通行地役権の内容に自動車による通行は含まれないというべきである。

四  なお、原告は、本件私道が建築基準法四二条二項に基づき同法上の道路とみなされており、原告には本件私道を通行し得る反射的利益が生じていて、これは私法上保護されるべき人格権の一態様である通行の自由ともいうべき権利であり、その内容として自動車による通行の自由も含まれると主張する。そして、また、原告は、東京都や同大田区からの助成を受け、公的資金をもって本件私道の舗装や排水工事がされていることから、本件私道は常時一般交通の用に供されなければならず、そのことは、舗装の必要性からしても、当然自動車交通の用に供されるものでなければならないと主張する。

しかしながら、まず、本件私道については、原告も通行地役権を有すると認められたものであり、この権利と別に人格権としての通行の自由を認める必要があるかどうかは問題であるが、仮に、原告に保護されるべき通行の自由があるとして、その中に、通行地役権に含まれない自動車による通行の自由が含まれるかについて一応検討すると、前記三で判断したと同様に、今日自動車の利用が一般化し、自動車による通行が時代の要請として、一部の個人にとって必須のものとなっていたとしても、なお、当該私道の形状、利用形態等に照らし、自動車の通行により他人に危険を及ぼしたり、多大の不自由を強いるような事態が生じる場合には、自動車による通行自体が相当でなく、保護されるべき通行の自由の中に自動車による通行は含まれないことになり、私道敷地所有者は、その通行に合理的な制限を課すこともできるというべきである。そうすると、前認定の本件私道の幅員、形状、利用状況等、三で認定した諸事情に照らすと、到底、本件私道を自動車により通行する自由が肯定されるものとは考えられない。

また、東京都大田区私道整備助成条例二条二号の私道の定義規定でいう「常時一般交通の用」とは、必ずしも自動車による交通の用に供されていなければならないものではなく、助成も同条例三条の要件を満たせばよいのであり(公益上特別の事情があれば、幅員1.5メートルに満たなくても助成が行われることもある(同条例施行規則二条)ことからも明らかである。)、同条例三条中に自動車通行が行われていることという要件はない。また、本件私道が舗装されたからといって、本件私道の自動車による通行が当然に予定されるわけではない。舗装されることは、自動車の通行に便利であることは当然であるが、そのことにとどまらず、徒歩、自転車、バイク等の通行にとっても格段に便利になるものであるから、舗装工事が行われたことのみから直ちに自動車の通行が許容され、予定されているとはいえない。

以上によれば、原告が本件私道を自動車により通行する自由を有するものとは認められないというべきである。

第四  結論

よって、原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官山﨑恒)

別紙第一物件目録

一 所在 東京都大田区北馬込弐丁目

地番 六五番四四

地目 宅地

地積 61.57平方メートル

二 所在 右同

地番 六五番四五

地目 宅地

地積 62.11平方メートル

三 所在 右同

地番 六五番四六

地目 宅地

地積 65.28平方メートル

四 所在 右同

地番 六五番五

地目 宅地

地積 1.24平方メートル

別紙第二物件目録

一 所在 東京都大田区北馬込弐丁目六五番四

種類 居宅

構造 木造鉄板葺弐階建

床面積 壱階 33.21平方メートル

弐階 30.78平方メートル

二 所在 東京都大田区北馬込弐丁目六五番五

種類 居宅

構造 木造鉄板葺弐階建

床面積 壱階 33.21平方メートル

弐階 30.78平方メートル

三 所在 東京都大田区北馬込弐丁目六五番六

種類 居宅

構造 木造鉄板葺弐階建

床面積 壱階 33.21平方メートル

弐階 30.78平方メートル

別紙第三物件目録

一 所在 東京都大田区北馬込弐丁目

地番 六五番六

地目 宅地

地積 185.14平方メートル

二 所在 右同

地番 六五番参四

地目 宅地

地積 164.43平方メートル

三 所在 右同

地番 六五番参六

地目 宅地

地積 80.16平方メートル

四 所在 右同

地番 六五番七

地目 宅地

地積 120.21平方メートル

五 所在 右同

地番 六五番八

地目 宅地

地積 233.22平方メートル

六 所在 右同

地番 六五番弐参

地目 宅地

地積 18.34平方メートル

七 所在 右同

地番 六五番参八

地目 宅地

地積 165.29平方メートル

八 所在 右同

地番 六五番弐

地目 宅地

地積 248.00平方メートル

九 所在 右同六五番地六

種類 共同住宅

構造 軽量鉄骨造陸屋根弐階建

床面積 壱階 66.88平方メートル

弐階 64.37平方メートル

一〇所在 右同六五番地弐

種類 居宅

構造 木造瓦葺弐階建

床面積 壱階 98.11平方メートル

弐階 54.44平方メートル

一一所在 右同六五番地弐

種類 車庫

構造 鉄筋コンクリート造陸屋根平家建

床面積 34.19平方メートル

一二所在 右同六五番地参六

種類 居宅

構造 木造瓦葺弐階建

床面積 壱階 41.35平方メートル

弐階 36.42平方メートル

一三所在 右同六五番地七

種類 居宅

構造 木造瓦葺平家建

床面積 33.05平方メートル

一四所在 右同六五番地八

種類 共同住宅

構造 木造亜鉛メッキ銅板板葺弐階建

床面積 壱階 73.61平方メートル

弐階 72.75平方メートル

一五所在 右同六五番地

種類 居宅

構造 木造瓦葺弐階建

床面積 151.59平方メートル

一六所在 右同六五番地参四

種類 居宅

構造 木造セメント瓦葺弐階建

床面積 壱階 67.90平方メートル

弐階 64.59平方メートル

別紙図面〈省略〉

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